TOP山行報告 「大峯奥駈道」山行報告

平成19年11月11日(日)〜17日(土)[7日間]


メンバー:大丸山岳会 藤木 健策・佐々岡 勝次・山田 健(リーダー)

「大峯奥駈道」は、吉野から熊野本宮大社までの標高1200m〜1900mの山岳を連ねる約170kmにも及ぶ縦走路ですが、むしろ修験道の開祖「役の小角(エンノオズヌ)」によって開かれた修験道の根本道場であり、大峯75靡(ナビキ)と呼ばれる霊地・行場に今も祠や諸仏尊像等が残り、1300年の歴史と文化を脈々と伝え悠久の時空にいだかれた行者の道であり、自ずと深い畏敬の念と崇高で清々しい気持ちがこんこんと湧出る思いを感じさせる道です。

 9月末に藤木・佐々岡・山田・織戸の4名で久々に飲む機会があり、織戸が北アルプスで関東地方の山屋から世界遺産に登録されたからかよく「大峰奥駈けのことを聞かれる」との話から、全員が前鬼までの山域で部分的に足跡は残してはいるが「太古の辻」以南は無く、これを機会に10月か11月に縦走をやろうとすんなりと決まりました。

 その後、各自スジュールの調整を行い11月11日(日)〜17日(土)の日程が決まり、コースタイムや水場等の情報を各自集め2回目の打合せ、前半は小屋泊まり後半ツエルト、食料計画は各自(ペミカン雑炊、バラすし・スパゲティー・チヂミ・炊飯等各人の工夫がありました)、装備は水を3リッター確保できる容器の必携を確認したのみで、基本的に個人装とし個人的な途中エスケープを可とする登山形態としました。
(その後織戸が私用で不参加となりました)


11月11日(日)[第一日目]<曇り>

山田が橿原神宮前駅の車内で藤木・佐々岡と合流し吉野駅に8時23分着、記念写真や水の補給等の準備を終え、20〜23リットルの重いザックを担いでケーブル駅の脇より金峯山寺・蔵王堂を目指して歩を進めました。

ケーブルの山上駅までの急坂を登り切ると、みやげ物店や旅館が立ち並ぶ車道は緩やかな坂道となり金峯山寺・蔵王堂に到着、境内は大きな祭礼が行なはれるのか護摩木の段が組まれ僧侶が忙しげに行き来して居りました。

 山田・佐々岡は行動食や水分補給・記念写真と寛いでいると、藤木は俄仕込みのたどたどしい「般若心経」を唱え初めだした、唐突と云う感もあったがやはりこの先7日間の縦走を思うと自然と頭がたれ心の中で唱和していました。(藤木はこの先要所要所で般若心経を唱えることに)

 吉野水分神社・金峯神社までは一般車道を進み、吉野の女人結界を過ぎる当たりから登山道が現れるも直ぐ車道となり緩やかな登りもあって中々登山モードに入りきれずもどかしい

思いも、四寸岩山の登りより本格的な登山道となり、雨が降った後のやや濡れた道を四寸岩山・足摺小屋を経て今夜の泊地二蔵小屋に到着しました。

 二蔵小屋は素晴らしい小屋です、修験道の修行者が利用するために作られた小屋でストーブが真中に据えられ薪も豊富に蓄えられており、感謝して利用させて貰い、今夜は焼酎でこの先の安全と念願成就を祈念して乾杯そして早々に就寝。


【コースタイム】吉野駅08:40−09:10蔵王堂09:25−10:55金峯神社11:15ー13:40四寸岩山13:45ー14:00足摺小屋14:10ー14:50二蔵小屋

『奥駈けに 不安を胸に 蔵王堂 大屋根に響く 般若心経』




11月12日(月)[第二日目]<曇りのち雪>

 今日の泊地は行者還小屋の予定で日の出前の5時に出発、まだ暗い中をヘッドランプを頼り
に歩きだす、水場で夜が明けヘッドランプをはずし大きく歩幅を踏出して快適に女人結界が建つ五番関・洞辻茶屋を通過、山上ガ岳へと高度を上げてくると西高東低の気圧配置で寒気が入り込んでいるせいか、木々に霧氷が咲きほこり、登山道にはちらほら雪が現れてきました。

 大峯山寺を発つ間際に雪が激しく降出し、雨具を着用して荒天装備を行ない出発、小笹の宿小屋の流水で水補給、ザックがズシリと肩に喰い込むが柏木道の女人結界・あみだが森へ、この先小・大普賢に七曜岳の岩峰となり気を引締めての縦走となりました。

 やはり手強い大小普賢に七曜岳、忠実に峰をたどり頂を巻くことをせず鎖・ロープにハシゴの三役を繰出し急峻な岩峰を連ね易々と頂を踏ませて貰えない険悪登山道、これも修行と変な理屈を付けて挑むが、水を補給した重いザックに肩や足が悲鳴を挙げ、右に左に大きく揺られて手足に思わず力が入る、こんな苦行に更なる試練雪が吹き付け風が舞う自然の厳しい荒業に萎える気力に鞭打って、必死の思いで駆込んだ行者還小屋は暖かく優しく我々を迎えてくれました。

 行者還小屋には同年配の先人が居られ、毎年3・4回は入山し水場の整備などを行なっている大峰通の方で、水場や泊地の状況に詳しく、この先の行程や水補給の貴重な情報を教えて戴きました。

【コースタイム】二蔵小屋05:00−08:50洞辻茶屋09:10−10:05山上が岳10:30−11:10小笹の宿小屋11:45ー15:40七曜岳15:50ー17:05 行者還小屋




11月13日(火)[第三日目]<曇りのち晴れ>

 昨日が12時間行動だったので、今日はこの縦走路の最高峰「八経が岳」を越えることもあり無理のない8時間行動で着ける楊子が宿小屋泊として6時の出発。

 昨日の岩峰続きの縦走ではなく樹林の中を進んで行者還トンネルの上や壊れかけた一ノタワ避難小屋を過ぎ、理源大師像が立つ聖宝の宿跡に着き、ここで昨日の大峰通の人に追越されることに、これより弥山への急登が待ち受けておりそれも階段木道なので一歩一歩の足の蹴上が高く、重いザックを背負った足腰にはこたえます、山頂の手前300m位より昨日に降った雪が20cmほどに積もっており、弥山小屋は銀世界となり木々に積もった雪でメルヘンチィックなクリスマスモードに成っており、他メンバーのおばちゃん達が歓声を揚げていました。


オオヤマレンゲを鹿の食害から守る保護柵の扉をくぐり、近畿最高峰のハ経が岳に着くと今まで山頂に纏わりついていたガスは強い風に吹飛ばされ視界が開け弥山・山上・稲村・大台と素晴らしい眺望を楽しんで出発、この先は大きく高い峰も無く七面山遥拝石や舟ノタワを経て楊子が宿小屋に到着、早々に昨日の大峰通人に教えてもらっていた水場へ行くと、その通人が水場の整備をされており感謝感謝の思いでチョロチョロと湧出る細い甘露水を頂きました。

【コースタイム】行者還小屋06:10−09:05理源大師像09:15−10:25弥山10:40ー11:15ハ経が岳11:30ー13:50舟ノタワー14:25楊子が宿小屋



11月14日(水)[第四日目]<晴れ>

 今日は持経の宿小屋泊まりのロング行動なので5時出発、仏生が岳の登りは雨の浸食跡と登山道が入りまじり迷い易いと大峰通人より聞いていましたので、夜明け前の暗い山道を方向を確認しテープ跡を忠実に拾いながらコースを外さず仏生が岳を廻り込んで夜明けを迎えました。

 孔雀岳までは平坦な登山道、孔雀岳山頂の下縦走路脇にしたたり落ちる「鳥の水」で一息、今日の最高度山頂の釈迦岳へ、頂上直下の急斜面を木の根、ロープを伝って頂上に飛出すと釈迦如来像の穏やかで涼やかな瞳が出迎えてくれ、重いザックから一時的に開放されて360°の広範な眺望を楽しみました。

この釈迦如来立像は大正13年夏に天川村の強力「オニ雅」こと 岡田雅行が前鬼から一人で運び上げたと云われ、これしきりのザックに辟易している我々には感嘆の思いとその苦労に頭が下がる思いが重なる銅像です。

釈迦岳を下ると深仙の宿、ここにはお堂と避難小屋があり小屋は中央に土間、三方に90cm幅の木床があり泊まることが出来る小屋です。

大日岳を越えると太古の辻、ここは東に下ると前鬼そして南北奥駈道を分ける分岐点で、地名から有史を超越した石や岩のみが記憶している長いながい自然の時の流れをタイムスリップして味わいたい辻ですが、先を急いで天狗・地蔵・般若・涅槃へ向かいました。

 涅槃岳を越えると地図は、表面から裏面に変わり今まで辿って来た奥駈道の長さをしみじみと振返ると供に、熊野本宮大社までに辿る傘捨・地蔵・玉置へと向かう残された3日間にもう一息の思いが込上げて来ました。

 この先の誠証無漏・阿須加利の峰々の頂を、もういやと根を挙げるほどに上り下りを繰返してやっと持経の宿小屋に着くと先人が滞在されており、先人の勧めと到着が遅かったので水は汲置き水を利用させて貰いました。

【コースタイム】楊子が宿小屋04:50−06:40鳥の水06:50−08:35釈迦岳08:50−10:10太古の辻10:15ー13:00地蔵岳13:10ー17:10持経の宿小屋



11月15日(木)[第五日目]<晴れ>

 昨日の先人も大峰通で貴重な水場情報が得られ、今日は水場が近い笠捨山を越えた葛川辻泊まりで6時に出発するが、今日で五日目、腰が痛い膝が痛い肩が軋むと長期山行の疲れが出だして労わり歩行のペースダウンを余儀なくしました。

 持経の宿小屋前の林道を緩やかに登り、指導標に従い左手から尾根筋に出ると、やがてぶなの巨木に出合う、昨日同様仏教にちなんだ山名の転法輪岳・倶利伽羅岳、そして山頂に無線鉄塔の施設が立つ行仙岳、下って立派な建物が3・4棟立つ仙行宿小屋に着く、昨日の大峰通人?Uの情報により汲置き水を確保し笠捨山に向かう、約250mの高度差をあちらこちらに痛みを抱えつつやっと登って笠捨山に、時間に余裕があったので大休止の後今日のツエルト泊の葛川辻へ、ここの水場は縦走路の右手に下って行く様に目印のテープは有るものの倒木が多く迷いやすい気がします。

【コースタイム】持経の宿小屋05:50−07:45転法輪岳07:55−10:55行仙岳11:05ー11:30行仙小屋11:50ー14:00笠捨山15:00ー15:25葛川辻



11月16日(金)[第六日目]<晴れ>

 昨日からの身体の痛みを騙しつつ後2日間の縦走をやり抜く気力で最後の泊地玉置山をめざしていざ行かん、二番目の地蔵岳も石楠花が生えている岩峰、これが最期の岩峰と思い振られるザックで軋む身体に活を入れて頂上に立つことができました。

 1121mの香精山から貝吹金剛の峠をへて標高約630mの岩ノ口までせっかく稼いだ高度を勿体ない気持ちで下り、そこから1076mの玉置山まで登り返すことになります、玉置山への登山道は車道と併走する一部の箇所が寸断されておりましたが、改めて南奥駈道を長きに渡り整備されてきた「新宮山彦グループ」の方々への謝意を念じつつ玉置山へと進みました。

 「カサコソと 落葉道ずれ 玉置山」
の句を読み山頂に、左手の急坂を下って玉置神社、ここで知人への電話連絡や水の補給を済ませ、更にはお茶やお神酒(お賽銭をあげて)を頂戴し、年配の巫女さんからは甘いみかんの施しを受けてやや長い目の休憩となり、今夜で最期の泊地となり、玉置辻に下り林道脇でツエルトを張りました。



【コースタイム】葛川辻06:20−07:05地蔵岳7:15−08:35香精山08:45ー10:50岩ノ口11:00ー13:55玉置山ー14:20玉置神社15:15ー15:50玉置辻





11月17日(土)[第七日目]<晴れ>


最期の日を迎え、三本足の八咫烏が神使である熊野本宮大社へ下るのみと思い出発するが、釈迦岳より巻き道がなく峰をひたすら辿る南奥駈道に最期の最後まで苦労させ続けられました。

 高度も1000mを下げるも上り下りを執拗に繰返す登山道ではありますが、左手山腹は広葉樹が残る明るい山様で有名な紀州備長炭の原木となる「うばめ樫」が豊富に茂りその落葉は油脂分が多く滑り易くてスリップに気をつけて山道を慎重に下りました。

 五つの峰の五大尊岳、ご利益が有りそうな大黒天神岳を通過し、吹越権現前の林道を横切り山肌を登りつめて少し廻り込んだ山腹から右手下方に大きく蛇行する雄大な熊野川がはっきりと望めます。

 ここまで下ってくると村落が見え犬の鳴声までが聞こえてきていよいよ熊野本宮大社に下っている実感が沸いてきて、公園となっている七越峰を過ぎこのまま車道を下るのかと思いきや、再び山道に入り上り下りを繰返して熊野川堤の備崎に着きました(後で知った事ですが、修行者はここで斎戒沐浴を行い熊野川を渡って熊野本宮に詣でるとの事)、ここで山道は終わり橋を渡り国道を熊野本宮大社に無事たどり着き、3人揃って「大峯奥駈道」の縦走が無事終えることが出来た報告と道中の加護を頂いた役の小角と金峯山寺・大峯山寺に、感謝とお礼を伝えて戴きたい思いで社殿に参拝し長い修行の結願を迎えました。


【コースタイム】玉置辻06:00−09:20五大尊岳09:30−11:15大黒天神岳11:25ー14:30七越峰14:35ー15:25備崎15:35ー16:10熊野本宮大社


  『吉野立ち 岩根をよじり 峰越えて 願い叶いて もみじの熊野』

  『六十路すぎ 役の行者に 導かれ 晴れて結願 奥駈の道』

                                                       (記 山田 健)



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