TOP山行報告 「紀伊山地の霊場と参詣道」

(その2)
一般的に「熊野古道」と言えば「中辺路」だけと思われがちですが、熊野古道はこの中辺路の他に伊勢から海岸沿いに行く「伊勢路」、紀伊田辺から中辺路と分かれ紀伊半の先端を行く「大辺路」、そして今回紹介する高野山と熊野本宮の最短コース「小辺路」がありこの熊野古道の四つの道が熊野参詣道として世界遺産に登録された。

その2 熊野古道 小辺路(こへち) 2万5千、高野山・梁瀬・上垣内・伯母子岳・重里   
 前回の高野山町石道の終点大門にほど近い千手院橋がスタート地点になる。
高野山駅前から奥の院行きのバスに乗り千手院橋で下車。 金剛三味院の横を通りろくろ峠から薄峠迄林道を歩く。
すすき峠から一気に下ると山の上に大滝の集落が見える。
御殿川の橋を渡ると昔は「馬殺し」と言ったくらい急な坂を登って大滝集落に着く。 ここにはベンチ、トイレ、看板と至れり尽くせりで昼食を取るのには格好の場所だ。

 高野龍神スカイラインに出ると1.7kmほどで案内板のある場所まで歩く。水ヶ峰を越えると林道タイノ原線に出る。 舗装路と古道の山道とを交互に進み大股橋に到着する。 一日目はここまでで約20km、6時間の行程だ。

 翌日は大股から伯母子峠を目指す。 標高差、670m。さあ頑張っていざ出発。萱小屋跡までジクザグの登りの40分。桧峠で初めて伯母子岳の雄姿を望むことが出来る。
伯母子峠には平成16年に出来た新しい道標とトイレがあり避難小屋もある。伯母子岳の頂上迄は10分ほどなので是非登って眺望を楽しみたい。
ここから三田谷橋に向かって下山開始。 10分程下ったところに水場があるので補給も忘れずに。上西宿跡は綺麗に整備されてベンチもあり見晴らしも良くゴヨウマツの大木が立っている。

 ここからは新道と旧道に分かれ新道は明治時代に造られて殆どの人がこの新道を歩いていたようで旧道の存在が明らかになったのはごく最近のことらしい。 2万5千の伯母子岳の地形図は新道で記載され旧道は記載されていない。 私は新道を歩いたこともあるが変化に乏しく歩くなら旧道がお薦めで、 尾根筋を歩くので時間が多めに掛かりますが値打ちはある。
 2時間ほど歩いた地点に100m以上続く石畳や石垣が巡る待平屋敷跡などがある。
ほどなく、新道と合流すると三田谷橋の道路に飛び出す。 ここ迄で16kmで6時間弱。

 三浦には宿泊施設がなく川津迄2時間歩くと民宿があるそうな。ここで終わって帰る方は少し歩いた三浦口から十津川村営バスに乗り上野地で奈良交通バスに乗り換えJR五条駅に出るが本数が少ないのでよく調べて置くこと。テント泊ならもう少し奮発して三浦峠をめざす。三田谷橋から西へ20分ほど歩くと三浦口に石の道標がありそこから神納川を渡りいよいよ登りに入るが、 三浦の里を抜けると十津川の西中まで11km 4 時間程は家が一軒もなく携帯も繋がらないので十分注意しょう。
 棚田の綺麗な三浦を抜けて三浦峠までは平坦なところは一カ所もなく登り連続で伯母子峠を越えて来た身には非常に堪える。
 神納川から三浦峠迄大阪の櫛屋さんが建てたという丁石があり吉村家跡の手前が十丁石でここの大杉の大木は圧巻だった。

 三十丁石手前には三十丁の水場がありますが私達が行った5月の連休には水はチョロチョロとしか流れていなかった。
 三浦峠には林道が通っていてトイレとあずまやがあり小辺路の立派な看板も立っています。テント泊なら良いテント場ですが水場はありません。三浦峠からは殆ど下りに入る。すぐに植林保護ネットがあるので空けたら必ず閉めるようにして下りる。
 古矢倉跡には苔むしたお地蔵さんが鎮座しており、出店跡の広いところを通過すると又最近発見されたという旧道の分かれ道に出会うので旧道を歩くが、ここは旧道の方が距離が短い。

 矢倉観音堂を過ぎると西中は近いが西中の里に入ると道が入り組んでいるので道標を頼りに忠実にバス停「西中」に向う。 バスは十津川村営の9人乗りの小さなバスなので人数が多いときは事前に予約されると大型を出してもらえる。
バスは十津川温泉までで、ここで五條方面行きの特急バスに乗り換えて帰ることになる。

本来ならここからまだ果無越えがあるが、果無峠の入口柳本までは舗装路を9kmほど歩くことになるので私達はここで一旦打ち切り次回に歩くことにしたが二泊三日の充実 した熊野古道「小辺路」であった。

大阪青雲会会長 佐藤政明

参考文献
郷土絵本「みんなで歩こう熊野古道 大辺路 小辺路」和歌山絵本の会
聖地巡礼 伊勢文化舎
高野山を歩く 山と渓谷社





TOP山行報告 「紀伊山地の霊場と参詣道」